キリに特化したアーユルヴェーダ施術、安全な白髪染めヘナなどの正しい知識と効能などを詳しく公開して行きます。
長い間、ローズウォーターの真否について疑問があり、検索して製造方法を調べても販売しているローズウォーターの会社に比べて
製造方法を詳しく説明、納得できるサイトがなかった。
デリーにいるといろんな出会いがあり、また思いついてもすぐ飛行機に乗ってたずねることができる。
ヒマチャルが本当は大きなバラ園があり製造もしているらしいのですが、プシュカルもバラ園がありデリーから近い。



なぜその作っている現場にいこうかという衝動にかられたかというと、デリーのスパでアロマのエッセンシャルオイルをある会社に頼んで卸してもらっていて、その社長にローズウォーターある?と聞いたことにはじまりました。

あるあると。そしてローズだけでなく色々あるよと、
そこで?????で作り方を聞くと、エッセンシャルオイルを製造するときにできる、とネットで多くのサイトが説明しているのと同じ答えが、で見せてくれる?と迫ったら、デリーじゃないと。そしてインド人らしい、言い訳が山とでてきて、
で、本物と偽者の話になり、
まず人工のローズを製精水に界面活性剤で溶かす。
これは1L400円、
だかなんでも人工のフローラルウォーターはできる。
わたしがうちは天然しかいらない、一番いいのでお願いと言うと
これもなんでもある と。
ますます複雑な話になり、製造するところ見せてくれないと買わないから、で終結。

インドの店に並フローラルウォーターはほとんど偽物らしい。化学の工場からやってくる。

やっと一件、発見して7月末に訪問。

プシュカルの盆地をすぎ山へ登ること車で30分、ローズの種類はダマスクローズが香りが良いとされるそうですがここでは肌への効能はセンチフォリアが良いということで、冬にはバラ園から朝ローズを摘み取りこのように運んできます。
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200kgをこの銅で作ったお釜に投入、銅が一番。古代からの製法、ローマからここへ伝わってきたのかな
そう思えばオイルに成分を抽出することをする時代の前はたぶん水蒸気のいわゆるトルコ風呂にいろんなハーブを使用したに違いないのです。ここが殺菌の始まりなんだ!と一人興奮。
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やはり炭火で製造、アーユルヴェーダと同じです。
大雨のふるなか炭火でチャイを沸かしてもらって飲みます。
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ここではエッセンシャルオイルを抽出するより良質なローズウォーターを伝統の技法で作ることを重んじているので、ローズオイルも自然と水蒸気に混じります。なので白い糸のような膜がローズウォーターに見えることがありますが問題ありません。

プシュカルは山に囲まれその地下水が利用できそれがローズウォーターを製造できる第一の条件です。

200kgにその地下水を入れて蓋をしガーゼをかぶせムルタニミテで接着します。
そこに竹の筒を!水蒸気でふくれても破裂しない竹を使い、ムルタニの粘土の粘性を利用する!
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すごいすごい、これこそわたしが見たかった一番のもの、


一番絞り、
ではなく一番最初のローズ200kgからとれる蒸留水がAランク、B,Cまでとれちなみにパタンジャリのローズウォーターは
本物ですがこのCwoここの工場からトンベースで仕入れるそう。恐るべしパタンジャリの営業マンはインド中を駆け回り、一応
どこで何を製造、どのような工程かは把握しているらしい。
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そして一番聞きたかった本物と偽者の見分け方。

Aのタンクから吸い上げて私の前にコップではいっと。
これですよ、
クンクンとかいでもダバールや他のメーカの用に香らない、どちらかというと生くさい、
これが???なんか期待を裏切られて、がっくりしました。

そうすると飲んでと言われました。
そうだな、いんどは料理に使うから飲めるんだと、ごくっと、そうするとあーーーーこれなんだっ
口の中食道、きれいに、すっきりローズの香りが香る香る、
そしてCを飲む。少し苦い、
そうです、3回もとると苦味が出る、ここになにか人工の香りをいれる会社もいますよ、と。

倉庫の奥からまた何かを吸い上げてこれも飲んでみてと、
そしていわれるままにごくり、
これはなんだ!ショックで気が遠くなるほどの清らかさ、
人間が作ったものではない、絶対作れない聖水。そんななにか厳かなものが身体を通り抜ける。
これはブラーミン、。
あの記憶力に働きかけると言うブラーミン!!

つぎにミントの蒸留水、これが本当のマウスウォッシュです。

あまりにも貴重な経験でデリーに帰って、いろんなローズウォータを飲んだわたしは
改めて本物のすごさを実感したのでした。

飲めばすぐわかります。水に香りをつけただけのものか、それとも??
よく考えるとローズペタル=エディブル食べれる=水は煮出したものであり味があるはず、
飲んだとき水の味と香りが分かれるものはわたしにとっては疑問のローズウォーターです。


冬においでくださいといわれているのまたその頃!レポートします。

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わたしの人生振り返って、もちろん日本で生まれ教育を受けたことはとてもラッキーです。
次に中国、そしてアジア諸国。でインド アラブ。。。。

日本人と中国人の大きな違いは、中国人は人生は自分の桧舞台、演ずるのは主役の自分。
舞台での自分。中国3000年をバックにどうこの人生を、与えられた舞台で演ずるか、
だから110万のグラス一杯のワインを頼む。
いつも冷えた世界観がある。客観的

日本人は違う、ひとつの組織のどこの駒か、です。だからこの連鎖がとても大切。看板は企業。

インド人はさてどうかな、
好奇心がとてつもなく強い、
そうそうOSHOがいったように熱狂して生きる、かもしれない。人と出会ったときその人の中の火を見ている、見られているよう、
彼らと話していると中国人のときに感じた3000歴史を背負った大陸人の優越感はない。

インド人はその植民地であった、貧乏(とかけば簡単だがもっと壮絶)の時代の忍耐を感じるときがあります。
と祈り、これは中国人は生まれ変わりを信じないので(共産党)舞台は幕がひくと、終わり
インドにはリーインカーネーションが仏陀とともにあるので、そこに祈りがある。

とんでもなく物価が高い、ここで果たしてどんな人生になるのやら、本当にケセラセラです。
2014年ころからデリーでスパ、(どういう範疇までスパというのかいまだに疑問なのですが)をぽつぽつしだしてあっっというまに
2017年半分来ました。

これからインドで何かスタートしたい中小、もしくはうちのような小さな会社の方へアドバイスです。

卸を中心にしていた日本の会社からインドへ渡航して(年15回ほどのペース)2003年ころからの本腰入れての輸入でしたが、
いざデリーに半分腰を落ち着け暮らすと、違う顔のインドが見えてきました。

違う顔というより、とんでもない、はるかにわたしたち日本人の常識を越えた国です。

日本がどら焼きの味を追及すると例えれば、羊羹でもいいです。
インドはさながらミルフィーユの層をバタークリームを挟み何層もあり、その層は腐っているものもあれば、
新鮮なのもあり、食べるところで味が違い、ときには食あたりになり、
時には吐き出し、という国です。

食べ物の例えですが、衣食住全てにとんでもないミルフィーユです。

例えば2年と半にしてやっとまともな会社になりました。
ということは2回だまされたということです。これはまだ怪我が少ないかもしれません。

100万円以上ロスしたので、最初から100万かけて日系の会社に頼むのも手かもしれませんが、
そうすると本当の相場が見えてこないし、本当の意味でのインドで起業するという根性がどこまでの根性か把握できません。

新しい会社の不動産を借りるにしても,三転,4転、どころかもっと転げなければなりません。
近道は高いコストを払い、日本人を信じるという方法もあり、です。
出したお金はたとえ前金、その部屋を押さえるための前金としても返ってきません。

お金すら出せば会社も登記でき、オフィスも構え、人材も確保。
でもこのミルフィーユの上だけしか知らないと、あとでその数倍の授業料を払う、ことは必然です。

インドは安い国、貧乏な国、トンでもありません、

幼いころからミルフィーユを見て、知って、学んでいる人
または
下の下層のミルフィーユしか食べたことのない人

どの層に座り、どの層の人々とかかわるか、
千手観音様みたいに頭にアンテナ、人を見抜く力がないと、
撤退、もしくはどんどん日本からTT送金つぎ込んで終わり、
というシナリオです。

おまけにここは中国やタイ、などのアジア諸国と違いマサラの国。
寒い冬が2月、焼けるような乾いた夏が3月後半から6月、モンスーンのあとうだるような湿気を含んだ夏の中で
デングやマラリヤの蚊が発生、心地よいのは9月から12月、はたまた乾燥。

どのクラスで生活するか、
覚悟です。
会社を登録し
事務所を借り、
会計士を雇い
スタッフを雇い
どこに住むか
交通手段は何を使うか。

日本人もインド人もそんな日本人を鴨がネギしょって来たと待ち構えている、そのくらいは最低身構えてくるべきだと。

ここでは日本人であっても分けられたクラスに住んでいます。
カーストを批判する前にインドで暮らせばもっと自分が見えて、もっとカーストが理解できます。

弱肉強食そのすさまじい競争の中で果て、わたしもいつまでいるか?

でもいろんな勉強、気づきもあり、良い出会いは日本のそれ以上です。


頭に入れた知識は経験とともに働く、そこに人間のあったかいハートがエンジンで動くと理想のウェルネスとなる、
三位一体のように、その3つはいつも刺激しあいます。

自分のサロンを持ちたい、という思いがずんずんつのり、卸するためのスクール、教室、はだんだん興味が薄れこんな年になって
とうとうアーユルヴェーダのお膝元インドで開くことになったのが2014年11月15日。

明日はデリーとジャイプールの真ん中あたり日本人の企業が集まるインダストリエリア、ニムラナという場所でもう一店舗
サロンが開店します。

仕掛けたわけではなく、予定もしていないし、ただ自然と生まれてきた話がひとつになり、開店となりました。

というのもわたしは経験者は募集していません。
未経験者からスタートします。言葉も知らなくてまあOK.
行儀作法も、少しずつ教えてゆきます。

12月、一人雇用、2014 1月 2015年一人雇用 その最初の一人がたまたま向上心が高くて、
センスもあり、わたしの背中を見て育ち、この約1年、スパを開店から、顧客をどのようにしてリピータにしてゆくか、サービスとは
、もてなしとは、日本人とは、といろいろ見て一人前のセラピストになりました。
わたしのいわゆるコピーです。
15個くらいの日本語しかできませんが顔はマニプール人なので日本人に酷似、性格も似ています。

彼女が今1年たって売り上げもそこそこ伸び、忙しくなってきた店より、今回の新店舗のリーダーを選んだのは
ひとつは先輩として働くより、一匹狼で仲間を連れて独り立ちしたい、という気質だったかもしれません。

インド人に一番貧しいところから出稼ぎにきているマニプール人は見下げられています。
日本人のなかで認められる、ということが彼女たちの自信となり、顔や歩き方まで変わってゆくのは親のような年のわたしから見ると、ひとしおの感慨が湧き上がります、

またわたしの心の中で目指していたものは身体をたくさんトリートメントさせていただき、アーユルヴェーダの効果を見てみたかった、それが」当初の
一番の想いでしたが、いまは少し変化しています。

SPAにおけるサービスとは、
もてなしとは
どのようにシェアしてゆくのか、
そのなかでセラピストはどんな成長をしなくてはならないか、です。

わたしのスタッフはいま8人いますが、半年くらいになると、チップより、高いメニューをこなすほうが顔が生き生きしています。

自分たちの知らない海外からこられるお客様が、お褒めの言葉を頂くとき、最高の満足感があるのです。

ニムラナ、AYURE WELLNESS これからどうなるか、どきどきします。

ではまた、

2015年もあと残すところは1ヶ月、デリーのアーユルヴェーダサロンも11月の15日で一年となりました。

年をとるのは早く少し予想できる自分の時間に思いを巡らせば、人生は短いな、と感じます。

アーユルヴェーダ、人生を科学、わたしにとっては自身の生きる道をたてぼりに掘ってゆく、これがアーユルヴェーダの
哲学,というザックとした捉え方、そこにはいろいろ蟻の巣のように道はあるけれどやはり
自分の存在に深く深く根を降ろしてゆくのがアーユルヴェーダだと感じています。

情報過多の世の中において、前にも同じ表現で現しましたが紙切れの中にうずもれて、情報をまとうしかできない、生は
さびしいです。
言葉を変えれば人生は横に掘ってはならないと思います。たてぼりです。情報は生きていません。

2015年まで20年近く、わたしが体感した、体感できるアーユルヴェーダ的ライフ、
の扉をご紹介してゆきました。

ヘナ、本物のまた本当の使い方、ハイビスカスオイルつまりアーユルヴェーダオイルの素晴らしさ、

手作り酵素液  植物の持つあの天井まで飛び上がる発酵の力、そこにインドハーブを加味

キリ  セラピストとしてもうひとつの腕になる神様から与えられた道具。

また、
アーユルヴェーダのトリートメントの完璧な基本STEP、
ナスィアム、シロアビヤンガ、アビヤンガ、カティバスティ、キリ、、シローダーラー

アーユルヴェーダは深い言葉です。カタカナになると残念ながら軽くなるのですが、
言葉というものは原始から始まり、肉体の器官を使って音を出す、というたぶん最初は必死だったのではないかと、
その意味に通じる、音を選び発している歴史、哲学があったはずです。
日本の言葉はのどを使いません。コーランはすべての声、音をつくる発生がもりこまれるといい、
また中国語の発音も日本のそれより、鼻,のどを使います。だから
アーユルヴェーダはハリーポッターのあのいまわしい言葉にできない魔法使いの反対に位置するくらい、
本当は隠されているものなのではないでしょうか?

アーユルヴェーダを語るときそれは真摯です。