キリに特化したアーユルヴェーダ施術、安全な白髪染めヘナなどの正しい知識と効能などを詳しく公開して行きます。
このごろ中国の詐欺商法について、ヤフーの知恵袋や色々なサイトで調べてみるとなかなか面白い。
先日、中国と日本の貿易の架け橋で有名なアリババのenglishサイトに無料会員として登録してみました。翌日から迷惑メールに(balk folder)に3通、商品を買いたいので、あなたのメールIDを教えてください。とのことで返信すると、今お金がなくて子供を育てることができませんという ローズという女性のお金の無心、こんな古い手もまだ生きてるのです。そんなメールが3通。
次にインドのバイヤーから売り込みのメールが一週間で19通くらい、最後に驚いたのがアリババから直接会社に電話があったことです。もちろん中国から英語で、それもしっかり若い女性の営業の電話です、トラストパスメンバーになればもっと確実に正当なバイヤーやセイラーから引き合いがあります。
ためらうことなくメンバーに加入しませんか?と可愛いけれど強制力あるなかなかの電話です。
一年で五万円ほどの経費ですが、電話をかける時期といい、タイミングをはずさない中国からの電話にアリババの戦略を見た感じがしました。
もちろん加入はしません。
日本人は売り込みより買い手側に回ることが多いので、トラストパスメンバーになる必要はなく十分活用できると思います。
賛否両論ありますが、
アリババのトラストパスのメンバーでも詐欺会社はあるし、詐欺を中国大使館に陳情しても埒はあきません。自分で身を守るしかないのです。アリババを頼るなかれ、信じるなかれです。
スポンサーサイト
ラッキーにもインド経済が落ち込んだといえども飛行機はあいかわらず満席だし、人々は消費すること、三種の神器プラス携帯電話を持つことを目指しています。
デリーを経由して、デリーの洗礼を受けたい人はデリーでの自由行動を終えて、デリーをパスしたい人はそのまま乗り継いでジョドプルへ乗り継ぎます。中華航空が台湾経由でとても楽なスケジュールで行けます。ビジネスでも安くて便利です。国内線はwebで簡単にイーチケットで手に入り、一ヶ月から予約だと5,6千円で国内線がok.日本の旅行会社でも少し高くなりますが手配してくれるところもあるので学生さんならtryしてみて下さい。
jodupur4.jpg
ジョドプルの飛行場、これはジェツトエア、
15.6社航空会社があります。

飛行場から最初のお店がここです。
定価販売でほんとにリーズナブルな金額で売っています。デリーやアグラー、ジャイプールとは大違いです。安心して、ただし値切っても値切れないし、同じものがほしくても1つしかない場合がほとんどです。
この店にもスィートが、ハイデラバードのダトゥスにはかないませんが木の実が沢山入った銀色のこの手のお菓子は私の大好物です。特にピスタチオのお菓子は最高。
熱いブラック紅茶と相性がよいです。
jodupur2.jpg
ジョドプルまでうまく乗り継げたら大体が二時頃でインドで言うランチタイム
ここでコップの中に木の棒を入れてかき回すラジャスターンのヨーグルトをゴクリ。
jodupur3.jpg
このあたりで、お城までのタクシー料金を気長く交渉します。
ウメダパレスに宿泊のときは前もってインターネットから予約すれば飛行場まで迎えに来てくれます。
とにかくインフラが整いだして、便利すぎるほど移動が楽になったインドです。
インターネットと携帯なしでのビジネスは考えられない時代になりました。
特に貿易に従事している人は、世界が狭くなったのを感じてらっしゃると思います。世界は泳ぐことの出来る海のようになったわけです。
電話代を気にしての国際電話も一昔前、自分の必要な物は世界のWEBからコンタクトとることが出来ます。危険と背中あわせとはいえますけれど、可能性は大きく、日本も終身雇用制が崩れたこの時代に、いわば台湾のような小さな国の宿命と同様、個人事業者が多くなるのではとこれからの若者にエールを送りたいです。日本を憂えてはなりません。まだまだ幸せな国のひとつです。
利益の再分配、ワークシェアリングに似て、苦しみはあるけれど、自分の姿を変えてゆくことが必要です。日本で学校教育を受けるとどうしても台湾人がよく言う、頭コンクリの日本人となり、女性はジャパニーズドールとなります。YESかNOかただやさしく笑ってうなずくだけでは乗り切れません。
わたしは人間は自分から変わることはできないと思っているので、環境がナイフのように人間を彫刻していき、自分が彫り上げられると感じてます。鉛筆削り器の鉛筆になるのです。
悲しむ、憎しむ、恨む、ことは対象なくしては自分に現われないし、その反対に位置する愛する、その深さは反対極を知っていてこそ感じられ、理解でき、肉付きがよくなる言葉となるのでは..

ただ日本語自体がもともと曖昧にできて、謙譲語、尊敬語、丁寧語があるため、日本語を話す限りは
日本人の殻を破れない、わたしも言葉によって自分の人格は変わるのを体感します。
飛び込んでゆかねば自分は出てこない、のでは?
孫悟空のようにヘンゲ【変化】変態は悪くないと思います。ガンバレ!日本の若者!

初の黒人大統領!歴史的です。

40万部を突破したオバマの演説集、わたしも購入し読みました。彼はブラックということで子供の頃、
はやくも血のにじむような自己改造をやってのけています。最近【姜尚中】先生の書く本に、埋没している私ですが、哲学から離れたくても、離れなれない遺伝子を持つ人間として強い共感を覚えました。
時代は流れ、半世紀ちかく年をとると、振り返るものも多くなりました。

仕事の合間にPCで音楽を聴いているとその時々にいた記憶がよみがえりしばしセンチメンタルになることも増えました。
20年ほど前上海にいたころの懐かしいヒット曲はあのころはカセットテープだったので今回の桂林でCDショップでさがしてやっとGET。
いまや老歌、黄金記念曲となりCDに収められていました。
あの頃生まれた赤ちゃんは20歳前後なんだ、
でも私にとってはあの頃の曲のほうが今よりずっと良い曲のように思えます。
中国が改革開放で沸いていました。
テレサテン、ワンフェイ、サリーイップ、ウィニーシン、ジャッキーチエン、アンディラウ
上海灘、香港映画全盛時代でもありました。皆、中国語は耳障りという人もいらっしゃいますが、
テレサテンの濁らない発音は日本でも有名になったのが納得できるほど美しいです。
ウォン安の韓国、韓国の背負っている物は重荷です。
IMFのときと同じだけどあの時は韓国の利息は10%弱あったから、今回の打撃は相当なものとおもいます。
わたしの娘は韓国の音楽を聞いてると冬を連想するといいます。そういえばバラードが多いような気がします。歌はとてもうまい、韓国の人は日本人よりおおらかで、歌は皆上手です。
韓国語は日本人とって覚えやすいですよ、といわれていますがなぜか単語の数は増えても文にならないのが残念と悔しがりつつ、韓国の友達は日本語が皆できるため、一向に伸びない韓国語です。
でも確かに冬、セレナーデ、バラードで寒い韓国です。でも熱い熱い血が流れているのでしょう。

さてインドといえば踊るマハラジャ、
個々何年かおせわになっているタミルナドゥの人は独特の声帯を持ちます。韓国の人よりうまいかもです。女性の声は聞きほれます。紹介したいのだけれども、字が読めないので、またタミルナドゥの言葉もまったくわかりません。が娘も私も今はあきないで聞けるCDになりました。
けれどインドのMTVはとにかく女性もポッチャリ、男性もメタボ、脂肪をゆすりながら歌って、踊っています。そこがまた良いのですけれど、
あんなに宗教色強いのだけれど、結構きわどいダンスや服装でTVにでるのが、カーマストラのいんどでもあり、B型人間の集合体インド、です。クールなインド人。

その国、その国のエネルギーは食べ物の香りと、音楽などによって五感に記憶されます。
2009年、また新たな擬態ではなく、また変態をかなえたいと思ってます。
クリスマスから年末にかけて中国の桂林に参りました。
中国はわたしにとってはとても想いが深い場所です。昔縁があったから、ヘナでもトライしているのですが、なかなか壁は厚い、です。やはり香港からのビジネスルートもしくは韓国からでないと、大変困難な道で、特に今の中国を見ると、まはや日本人は相手にしてないような、顔は似てますけれど、やはり頭はクールな合理主義者ですね。地元で平凡に暮らしている女の子も一度、お金の洗礼や、競争社会に縁が付くと、たちまち龍のごとく変貌してししまう、日本人の根っことは全く異なる芽をはらんでいるから、恐いです。実を言えば。年金付の高齢者の結婚や、独身男性の結婚詐欺にかかる確率の高いことは、嘆かわしい。
20年前は日本語を勉強する若者が多かったのですが、数年前から英語に変わり、日本語は人気がないそうです。なのに20年前頃と同じ、日中戦争がいつもTVであるのはなぜなのでしょうな。
それでも、イヤなんだけれども脊髄の髄液まで吸われそうで、でもなぜか忘れられない国。
北京空港の巨大さと、巨大だからゆえに人がいないのか、大国のプレッシャーが
これでもか、と締め付けるような、あの作戦みたいな商売道、とにかく小さい国の日本人はがんばるしかない、職人として、隙間を縫って、。

さて、桂林は初めてでしたがなんと、中国政府の資金がここにもどっさりつぎ込まれたようで、
表通りはチリ1つ落ちていません。
guiling5.jpg

川は美観地区のため上流には工場は作ってないのだとかで、共産主義の力はやはり銃口と紙一重です。だから空気のきれいなこと、このリーチャンの上流は中国で一番の長寿の村があるらしいのですが、今は冬でそんな気分になれませんでした。
リーチャンの対岸はきれいな遊歩道です。
きんもくせいがビッシリ街道の両端を埋め尽くし、さぞや秋は
むせ返るほどの香りでしょう。キンモクセイアレルギーの私はいったいどうなるのでしょう?
rguiling7.jpg
一本通りにはいれば昔の姿、鳥をさばいて干してます。トイレは共同昔とおんなじでした。
鶏にお湯をかけて、羽をむしっていたり、部屋にトイレがないため、朝、壷を洗っていたのは
ほんの10数年前なのに、中国もインドも文明に侵食され、一度侵食されると止まりません。

最近、素人の日本人が中国人の詐欺によく引っかかっているので要注意です。
ビジネスの魚眼でこの巨大マーケットをみると、
昔は国のお金で【ほとんどが国営でしたから】飲み食いがタダで出来るため、
外人投資家を誘致するため、無料の大宴会でした。
今は貧富の差から、嫉妬で真っ赤な紅眼静がいて、腹黒い人間がいて、(日本でも同じですが、数が違います)だましの会社がくもの巣を張るように、WEBでも現地でも網を張って、うぶな日本人をまっています。宴会と接待はあとで、請求書が回ってきますよ、あくまでも自分の意志をしっかり持つことです。
彼らは言います。これもビジネスです。
使える道具は全て駆使して、あなたのお金をこちらに移動することにご執心なのです。手段はどうであろうと、一応それもビジネスなのです。
悪口ばかりのようですが、今回の桂林もとつても楽しい旅でした。
guiling4.jpg
桂林のシxラトンは7500円一泊です。
すぐ前がリーチャンなので景色も良いし、散歩がてら10分ほどで大通りへ出ることができとても
便利です。クリスマスーツリーが飾られ吹き抜けの中二階にレストランがあり4日間ゆっくりできました。
いつも食べるスズキの蒸し、一般のレストランで、スズキ蒸しと野菜炒め、スープ、デザートで
二人で1000円から2000円まで、それでも残るので、お持ち帰りも今はすぐパックしてくれます。
ビュフェ形式の大衆向けのレストランで、600円以下です。けれどやはり高くなった、と思います。
高くなって払える中国人が多くなったという、驚きもあります。
guiling3.jpg
蒸し鶏、
ここでなぜ家で同じものを作っても美味しくできないか、という原因が判りました。
この鳥はひよこからやっとこの大きさになったところだそうです。
若鶏よりひよこに近い、だからこんなに肉が柔らかく、美味しいのだそうです。
中国へ戻れば、インドとは違い飽食です。guiling6.jpg


guiling2.jpg
guiling1.jpg
一度使うと黒髪が生えてきますといううたい文句の美容室。
朝鮮人参の香りがするシャンプー、ヘッドマッサージ、セットで2時間コース540円
一本裏道に入ると、なつかしい昔の香りがする中国の路地、まあ汚いといえばそれまでですが
わたしには懐かしいところ。
シェラトンの横で3000円がここでは足マッサージ1h 280円全身中国あんまで460円
毎日通います。上手!
ほんの数年前、ニューデリー=ドラッグのコンノートプレイス、たかりのリキシャ、やばいお土産屋、
また、オールドデリーはディープすぎるメインバザール、とんでもないサダルバザール、
とにかく凄い町でした。
この2008年、2年ほど通過していたのですが、シェラトンに泊まり、その裏手のサケバザールが歩いてゆけるため、買出しに夕方出てゆきました。
一番びっくりしたのはアルコール類が飲める町になった。罪悪感なしに、ビアホールやショットバーが表に出てきていたのはびっくりしました。
このバンジャブーは少しグレイドが高いらしく一角の壁は水が流れています、1Fではおしゃれなインド料理、2Fはショットバーで料金は日本とさほど変りません!
ここはビジネスマンだらけ、
次のところはなんとレゲエ、食事、アルコールOK.
なんと、レゲエ、ジャズ、そしていろんな国からきた留学生が飲んでます、
プネやムンバイなどはかなり早いうちからコンナ感じだったらしいけれど、
南やカシミール付近、ソジャットをうろうろしているわたしは、あまりにもの変化に
開いた口がふさがらなかったのでした。
写真では暗いけれど、とんでもないとんでもない
delhinight.jpg
若者に人気のバンジャブー

中華もファーストフードに加わり
yochina.jpg
ショピングモールにも、あまりにも巨大、歩いては端から端までは疲れます。
ブランド、だらけ、
delhishoppingmole.jpg
dlhieshoppingmole2.jpg

ちなみにトイレもココはきれいです。インドコスメに興味がある人はここにくればシャナーズ、ボタニカル、ヒマラヤなんでもあります。
bathroom.jpg
しかし悲しい、インドがきれいになりすぎるのは!
おまけにあんなに物騒でひどい空港もなんとすっきりきれいに、おとがめなく、
寂しい限りでした。
friend home
帰りにデリーのパラマウント【飛行機会社】に勤める知り合いをたずねて、
素敵な家でダルマシアンも家族の一員、
これもインドです。

二つ目のお城、サダールサマンダです。
ここもやはりムンバイのテロの影響で門番と押し問答の末、,
やっと夕食の許可が出て、大きな門を開けていただき、車でお城まで、
ウメダパレスよりはスケールの大きさは小さいのですが、
小さなお城というまとまりはこちらのほうがあるかもです。sadas8.jpg
中庭には大砲と、あずまや、こちらからは日没が。
sadas4.jpg

反対側には大きく広がる湖に面してプールとテラス。
ここからは月が見えるようになっています。
ウメダパレスの時もでしたがやはり、一日滞在は楽しくないでしょう。
日が昇り、沈むまで見なくては、(せっかちな日本人には耐えられないか?)
sadas2.jpg
sadas3.jpg

お城は客室とは反対側になり、プラーベートの敷地ということで、入ることは出来ませんでした。
が客人が泊まる客室は、落ち着いた感じで、窓からは湖が見えるようになってます。
このお城も王様一族は外国暮らしだそうです。

部屋からフロントへ続く居間のような所。
sadas5.jpg
食器は銀食器、ウメダパレスと同じ、全ての給仕はやはり男性でいかめしい。
礼儀正しく、沈黙です。

sadas7.jpg
sadas6.jpg
インドでどんなに立派なホテルに泊まっても食事に関しては、インドの国は庶民も王様も食べるものは
さほど差がないような気がします。
チャパティと野菜、豆、。
どんなにお金をはたいても、高級料理には天井があるのです。
また必ず残さず食べてしまいます。
中国や日本の食卓は上をみたらきりがありません。
インドに来ると食に対しての欲が消えてしまいます。嫌いではなく大好きなのですが
だから欲の1つがかけているからインド人はなぜか品があるように見えるのは
私だけでしょうか?
マヤラジャ シン 2 は 1900年 コタの王で、
1905年にこの城を近代的なホテルとして利用することになったそうです。


ファミリーの写真
umeda13.jpg
ラジャスターンは砂漠の民ではありますが、お城の多い地域です。
地図を見ていただくと北西となります。

welcomheritageより引用しました。
umeda12.jpg
今まで訪れた、デリーのラールキラー、アグラのタージマハール、ジャイプールの風の宮殿、レイクパレス、象で登ってゆく岩のお城【名前を忘れてしまいました】と異なる点は今現在王族が住み、一部をホテルとして運営していることです。手入れが行き届き、朽ちた感じがない匂いが今まで行ったお城と全く異なります。
でもやっぱり、ジャイプールの象に乗って上がってゆくお城が一番印象的かしら、
インドらしいダイナミックさと人間くささがありました。
ここは土産物売り、たかり、物乞いは絶対に近寄れないよう警備が厳重だし、インド人のみの観光は美術館(王族の歴史)を除いて入場はできません。
宿泊のタリフは高くなく事前にHPで予約すればとても安く泊まれます。
インドの映画スターも【ボリウッドスター】貸切で結婚式をあげたそうです。

インドの旅のアドバイスは必ず、お城に宿泊するなら2日くらいかけて、
日の出、日没、風景がゆっくり変わってゆくのを建物を歩きながらなにも考えずに
彷徨う?ことです。
あせって、見るのではなく、風景に溶け込む自分を楽しむ、そんな滞在です。
とはいっても先日ムンバイでタジホテルの襲撃があったばかりで
滞在はできませんでした。
このお城の反対側にある大きな庭に面しての広々としたテラスで
ランチのみ。また滞在する機会があるかもです。
umeda8.jpg
umeda6.jpg

案内を聞くと、実際は親族が集まるときなどを除いて皆外国で住んでらっしゃったり、インドの都会にプライベートマンションを生活の場として、何箇所かを住み分けているようです。
umeda10.jpg

umeda5.jpg
お城の中中心にはいると黄色の菊が華やかにディスプレイされて、
むせ返るよう、虎や鹿の剥製は本物です。

その中をラジャスターンのターバンを巻いた、背筋がピンとした家来?が侵入者に?
目を配り、用件を聞きにカツカツと向かってきます。とても緊張しますが、話しだすととても皆さんユニークであきない面々。
いつもインドの人にめずらしそうに見られる立場がこんどは私のほうがじっと観察です。
umeda2.jpg
umeda11.jpg




ジーョドプルの空港です


この空港ができたので、ソジャットはココから車で2.5Hで簡単に行ける距離となりました。
最初、19時間かけて、夜日が落ちてから走りに走った、トラックとのカーチェイスが何十年前のことのように、あっけない距離感となりました。
神秘的で、隠れていたインドが、さらされ、繕いを隠し、きれいになってゆくのが、寂しい思いがします。降り立ったその木、木はなんとニームの木。ニームはいたるところに巨木として茂っています。
日中は28度。夜は12度くらいですが湿気が無いため、夜のほうが寒く感じます。
このあたりの人の肌の温度は冷たいので、私達より寒さを感じるようで、厚着をしています。

またなつかしいぃ

ソジャットの町の真ん中の中庭にがっちり立つ相変わらずのニームの木です。
ここに車をとめ、ブルー色に塗られた壁の中に入ってゆきます。


同じところへ何回も出かけるというパターンが成り立ってくるとそれは旅のようで旅でなくなります。デリーでもソジャットでもカニヤクマリでも、出迎えてくれる人がいる状況は財産です。
一度の滞在では学べないことをゆっくりと学習するため、時間と変化の堆積で経験は重厚になってきます。ひとつの問いすらも、答えすらもインドでは何年かして、答えとなり帰ってくることが多いような、
ヘナの収穫にしてもそうです。
10月に刈り取り、そして新芽が出ます。
12月の今の季節確かに20cmほどに伸びています。
前回の2月にはすっかり刈り取られてしまった殺伐としたヘナ畑。
4月6月は45度まで気温が上がるため、ソジャットではなにも成長することができません。
そして6月7月の雨を待ちます。
雨の後のしっかりしたヘナを生育するためにこの新芽のヘナは30cm程ですっかり、
刈り取らねばならないヘナなのです。
今そのなぜ?の答えは12月に来てこそ、得られた偶然なのですが、その重みと喜びは
皆が驚くほど、私達おおきくうなづかせたのでありました!
この2回の収穫と、収穫後の雨のリスクを回避するために
4回という収穫期があるのでした。
もちろん10月が一番ローソンが多いヘナです。
親戚周りしている中で、ここネハ社長の工場へ
ラジャスターン独特の帽子に、ラジャスターンの先っぽが尖った靴。
この巻き巻きはあらかじめ出来上がっていました。シーク教の人たちの本当のまき巻きターバンとは
また異なり、後で紹介する、ラジャスターンのお城めぐりにも出てきます。

いつもながらシンドバットの世界が、目の前にこうやって登場していただくと、
楽しい笑いが抑えきれない私なのでした。

この工場は主に輸出用ではなく、少し落ちるグレードのヘナを都市部のヘナ会社に卸している
大変忙しい会社です。大きなトラックが何台も出てゆきます。

年齢を聞いてびっくり、私よりも若かった!42歳だそうです。。。。
隣は平井賢に似てきた、私達のヘナを管理していただいてるお兄さんの弟さん。
3年前であったころはまだ少年だったのになんとも凄い変身でした。24才。
このソジャツトから奨学金で高校、大学と自分の力で勝ち取って弁護士さんです。

家族で力を合わせているのを見てると頼もしいです。





俗名ニュートラルヘナと呼ばれる植物がこの黄色い花をつけた正体です。
ヘナではありません。クリアともよばれ、色を持たないため
軽いトリートメント効果を期待して使用します。
素手でOK.

どこにでもソジャツトで自生しているのを見かけることができます。
今回忘れないように保存版でとっておきました。

もう一度ヘナではなく、ヘナ力よりずっと力の弱いトリートメント効果のあるハーブです。
色は無く、パウダーの色はヘナよりきれいなグリーンで、ミントのような香りがします。

粘りがあるため、インディゴ、シカカイ、リタ、ハイビスカス花のように粘りが無いパウダーに
補助の役目として、(つなぎ)として使用するほか、
中東の女性はボディにトーリーとメントしたりしますが、この単品ではあまり効果が期待できません。

主に髪の傷みすぎている人がヘナではぎしぎしになるため(入りすぎて)
こちらを使用したりしますが、

一般的な植物です。
菜の花畑は10年前ほどから灌漑をとりいれ、ヘナだけではなく他の現金収入を、
菜の花、小麦、綿、と始めているそうです。
彼らにとっては10年前からの当たり前の生活、私にとっては初耳です。
それにしてもソジャツトはハイジェニックです。
農薬は一切使われていない広い広い畑を、人間の足でとぽとぽ歩きながら
草や虫をとっています。自転車はあるけれども使えないよね、とカラカラ笑うけれど、
耕運機もないなにもない、人力のみの畑の管理は気が遠くなります。
だって畑の先は見えません。
水牛と犬と、家と畑。
ここで、25cmくらいに伸びた小麦の葉をとって、明日の朝のジュースに!
感激です。ココで青汁がのめるなんて、ただどんな味か、ドキドキ。


新生児が生まれた家の門にはココナッツが飾られます。
毎朝牛がチャパティかなにかを分けてもらうために家々を朝の挨拶代わりに
周回します。

また驚いたことに、3日間の滞在でわたしの心も落ち着いていたのか、
ソジャツトの朝は鳥の鳴き声で始まります。
次に牛さんの追われて、もーもーという泣き声、
子供達の笑い声
いろんな鳥が、窓辺に飛んでさえずります。
日本で無くなった何か、人間の基本的な暮らし、が静かに広がっています。

階下では、お母さんがチャイを沸かし、朝ごはんを作る食器の音。

お湯を沸かし、朝のバスを(シャワー)するために二階へ熱いお湯が入ったバケツを
運んでくれます。
タイの田舎も中国の生活も同じような生活感があるけれど、このソジャツトの生活感
は余分な緩みをそぎ落としてしまった、無言の沈黙の中で生活という言葉は
とても暖かい肉付けとなるような気がします。

朝ごはんはとうもろこしをすり潰したおかゆとヨーグルト、
暖かいチャイ、そして柘榴、
また小麦のわかばじゅーす!!
なんの青臭さも無くて、全て平らげました。


わたしのヘナを管理してくれているソジャツトヘナの市場総管理人のお父さんとお母さん
記念撮影。
200812ompakash.jpg


ソジャツトに菜の花畑?

2003年は刈り取り真っ只中10月に来て
2005年は 2月 刈り取り後
2008年10月下旬 ほとんど刈り取り終わり、たった一日の滞在。
2009年12月 は刈り取り後 20cm前後のヘナの新芽が出ています。今回は3日間です。



それにしてもここラジャスーターンの砂漠で菜の花畑を見るなんて思いもしない風景でした。
このたびは私達のヘナを管理していただいているソジャツトのヘナ市場総責任者の息子さんに
二人目のお子様のお祝いをかねて来ました。長男のときは生後7日目今回の女の子10日目!
この偶然の引き合わせに、みんなが日本的な名前を是非と、恐れ多くて辞退しましたが
とってもうれしい!


美人な奥様です。顔は小さくて手のひらに包んでしまいそう、
もちろん赤ちゃんも大きな眼と小さな小さな顔でした。
さすがラジャスターンの血を引く女の子です。なかなかしっかりしているではありませんか!



前回のときは写真をとると魂が吸い取られるなんて、写真はNOだったのに
今回は率先してパチリ、パチリ、時代は目覚しく変わっているのです。