キリに特化したアーユルヴェーダ施術、安全な白髪染めヘナなどの正しい知識と効能などを詳しく公開して行きます。
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シッダ医学とアーユルヴェーダ医学の差は、
いろいろありますが、

シッダ医学は生涯をとうしてのダイエット、アーユルヴェーダ施術のときだけでなく
死ぬまで食をコントロールし定期的な断食を行う、
アーユルヴェダーよりもっと不老不死、錬金術てきな考えなので
少しストイックのようです。

3つのドーシャのなかで
ワーターはムーブメントなので *私の体はピッタが主でxxxx)と*かカファが優勢で
というタイプでもワーターは体中を駆け巡っておりピッタやカファより重要な位置づけです。

またシッダ医学では幼いころはカッファではなくワータが主と考えますが
アーユルヴェーダではカファが支配するといわれています。

アーユルヴェダに基づいて、話を進めるとカファが優勢だと眠たくなり、重く体は鈍くなります。
これが年をとり、眠れないとワーターが優勢なので
シローダーラをして、カファを高めます。
ここで体質によってピッタが強いとき
タカラダーラをするか、オイルのダーラをするか、カシャイ(ハーブ水)をするか
判断はむつかしいのです。
喘息はピッタの典型的なインバランスですが
オイルダーラはできないと言われます。

またアトピーの方は皮膚は砂漠のように乾いているのですが、中はカファが優勢なので
いくら皮膚が再生しようとしても焼けて乾いてはがれてしまいます。
このようなタイプにマッサージで皮膚に熱を与えることは危険で、ココナッツもアレルギーを
起こす可能性があります。

カファが優勢であるリュウマチ系のかたは、熱を持つキリや太っているからと激しいアビヤンガはお勧めしません。ウルドワルタナをお勧めします。

ドーシャを理解するにはそのタイプそのタイプのかたと向き合い
ドクターの支持のもとかなりの経験がないと判断できないのです。

ドーシャ別に分けられたオイルを素人的に判断して処方してゆくのは
危険ともいえます。日本人はインドの方より弱いとは言いませんがデリケートであり、
食べ物も素材で食べることが少なくなってきているのでアレルギーのことも
要注意です。
私たちサロンはドクターではないのですから、

ジグマハーバルはドーシャの考えを食生活改善におもに焦点をあてて、
サロンで使用するオイルはあくまでも
ボディのリラックス
心のリリース
そしてそのトリートメントが何かインバランスで生じた痛みや、だるさや、疲れを
とることが出来れば最高だと考えています。

アユールKはそのようなワータのムーブメントが激しい、ワーターによる不具合を調整する
オイルと思ってご使用ください。

アユールAはどちらかといえばピッタタイプが少し優勢のかたへ、

あくまでもココナッツオイルやマスタード、ひまわりはアレルギーを起こしやすいので
黒ゴマベースのアーユルヴェーダオイルをお勧めしています。

ドーシャ改善はオイルトリートメントだけではまったく片手落ちです。

プチファスティングをすると、お腹がすくというより
ジャンクフードが食べれなくなります。

素材を新鮮な野菜を、果物をサプリではなく出来るだけ
素材で食べる、という大切さです。

ドーシャは食から見直しましょう、という提案でした。



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アーユルヴェーダをなるべく簡単に広げてみると、
この宇宙があるということを仮定して
そこにプルシャ(SPRIT)無というか神と言うか、永遠のカオスというか があります。
そこに相反して プラクリテ (マテリアル)物体がある。

スピリットとマテリアルは共通項がないのですが

たとえばこれを男と女と置き換えると

精神は単一では物体を生まないが、マテリアル(子宮)と一緒になって物を生み出す。

それが最初の知性 
知性はエゴを生み
エゴはスピリットを生み

魂と知性と経験の連鎖で

3つのマナスを生むにいたります。 

サットバ 純粋
ラジャス 行動のエネルギー   (サットバとタマスの相互関係によって生じる)
タマス  純粋の反対に属する

言い換えれば 
人間が生まれ活動し死んでゆく
または
花が咲き 咲き誇り 枯れてゆく

タマスは 5つのエレメント元素をもつ宇宙のなかに家を建てた

火 空気 水 土 気

だからこの家の中にいる人間も
この法則のなかに生きて、

再び言い換えれば

人間も宇宙と同じ、

たぶん原始の人間はより健康だったかもしれない
寿命が短くとも、自然に幸せに息を引き取れたかもです。
とてもシンプルな最期だったかと。

これが大きい意味でのアーユルヴェダ

現代に照らし合わせると

アーユルヴェーダにおける宇宙の法則では

アーユルヴェダーは お金ではない受け継がれる伝統 でもあり、

金銭を越えた、なにかの宇宙的意義のあるパワーであり

この2013年7月までわたしがドーシャより伝えたかった何かなのです。
施術を通して伝わる純粋意識のような、”わたしは存在していたんだ!”というような価値を
与える可能性があるような気がするのです。

地面に足をつけた感覚、あなたはきちんと息をすって生きている価値があり、生きている訳がある。これがトリートメントを介してお客様にも伝達する、
愛というのは一人身ではなくて、愛で他者の存在価値をクリエイトできる

アーユルヴェーダを語るとき、ドーシャ別のオイルの詳細やタイプ別の食事やまたさまざまなアーユルヴェーダの施術よりも
伝えたかった。

でもこのあたりでやはりドーシャ、ワータ、ピッタ、カファ の事も自分もおさらいしながら
紐解いてゆく時期に来たかな、と思い、反省もしているところです。

なぜドーシャ別のオイルにこだわらないその理由も、確認しながらお話したいと思っています。

わたしたちの使命は治すことが目的ではないので
この謙虚な心を失わないように
またドーシャ別にこだわりすぎて、その境界を越えないように
心と体のリラックスがどこまで引き出されるかに焦点を置いて、
治療ではなくメンテナンスで
どのようにアーユルヴェーダの施術と付き合ってゆくかを学びなおします。



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