キリに特化したアーユルヴェーダ施術、安全な白髪染めヘナなどの正しい知識と効能などを詳しく公開して行きます。
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わたしのアーユルヴェーダの出会いは、シッダ医学の工場、そこに勤務されるアーユルヴェーダとシッダ医学の先生たちとの出会いから始まりました。また素晴らしいけれど、名もないセラピスト、数十年の間に絶対忘れることのできない彼女たち。
このなんともいえない感動をシェアしたい一念でデリーのSPAを開店したのです。
卸業に徹底し良質の素材を日本に送る、その仕事も重要ではありますが自分でオイルを扱って、もっともっと人々の体感を自分で感じたい、それが想いでした。

ドーシャというものはプラーナなくしては考えられません。ドーシャは3つの単体で身体に作用しているものではないのです。
アーユルヴェーダは包括的な哲学といわれますが個々を切り離して論じることは大きな誤りを犯します。

それは個人の生き方にもつながりますので、アーユルヴェーダを語るときそれは真摯です。

このBLOGでもわたしは自分に何回も問いかけています。アーユルヴェーダとは何か、いろいろな場所でまた出会いの中で
それは問いかけ続けないと死ぬ言葉だからです。

言葉を変えると問いかけをやめ、形にしようとした途端、たとえばシローダーラー、これがアーユルヴェーダのひとつの形
とか考えると、そこで生きる科学は枯れてしまいます。

いつもトランスフォームしている自分がいてこそ哲学は文化となりえ姿をかえその時代に息づくのではないでしょうか?

話はもどってドーシャはヴァータを制御することをポイントにおかねば他の2つのドーシャの意味は把握できません。

ピッタとカッファは足がないのです。

よくアーユルヴェーダのクリニックに行くと、ジグマのクリニックも同じですが、最初にアビヤンガに用いられるのは
カプラディタラム 樟脳の配合されたタイラです、赤い色で少し薄荷の香りがします。

このオイルを基本として使用し、そこにいろいろドクターの処方で加えてゆくわけです。

ジグマハーバルで販売されている(インドの)アーユルヴェーダおいるにピッタ用のおいるよりカッファ、ヴァータのためのオイルが
多いのはそこです。

念頭にはヴァータを観察し、カプラディタイラムをベースに、そこに他のオイルを配合、これが基本ではないでしょうか?

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デリーでの居住が日本より多くなりました。
デリーの気候がいかに乾燥しているか、水は硬水なので水も変わりました。
髪を洗髪するために、当社の無添加、無香料のシャンプーを2本持参していますがジグマのシャンプーパウダーも
あわせて使用、ときに粉、ときにシャンプーです。
同じものを使用してもデリーでの髪の手入れは日本より2,3倍手をかけないと美しくつややかになりません。
わたしもヘナを販売しながらボーボーになった、縮毛が硬くザワザワになった自分の髪に幻滅を、
アーユルヴェーダのサロンをデリーに開店して、いくつかふーんと思い返したことがあります。
日本で美容室の輪転講習で各地を回っていたとき、オーナーや先生の髪がアルカリヘアダイにしてもマニュキュアにしても
きれいじゃないときが少なくないのです。なぜきれいにしないんだろう?といつも不思議でしたが。いま判明、
忙しくてそれどころじゃないのです。
わたしも自分の店にかまけて、お客様の応対だけではなく、眼に見えない雑用が卸業に比べて多すぎるのです。
卸はほとんどポイントさえ押さえペーパーワークが多い、エンドユーザーに近づくにつれこまごました応対に明け暮れ、
原始的な、また言い換えれば商売の原点に近づいているわけです。
サービスとはなにか?商売とはなにか?勉強させられます。
でもわたしの髪がカチカチになるのはストレスです。
反対にヘナはどう頭に髪に影響があるかを違う気候の中で再認識することもできます。
いろいろな角度から体感できるということはとても面白い経験です。
henna dry
オイルを十分含ませないと、また髪をよくしごかないと、髪はばさばさ、ということは毛穴もからから??
40%の白髪で縮毛 硬い毛質ですが日本だと15日は十分持つつややかさがここでは10日で切れます。
今回はアバロンコートヤードの当社のサロンが月曜日定休日ということで、合間を縫い始めて列車で移動することになりましたが
南と異なり、まあなんと古い、汚い?かな列車。

時間は節約できましたがうーん、たくさん見たくないものを見る羽目になりました。人間の自らのプロダクトだからしょうがないですが、眼に焼きついて消えません。

ただ、行きはデリーからジャイサラメールヘの列車。帰りはアーメダバードからハリダワール、
途中下車してインドを回るにはこんなに便利なものはないな、と改めて痛感しました。

南インドでもヘナは見かけますがこのような直立不動ではなくやさしく揺らめいています。ステムの部分がこの土地のヘナは
くっきりし、種の大きさがまったく違います。モリンガの畑に行ったときのように太陽が強く影が切り取られたように地に張り付いています。これがパワーの源です。
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17年前と異なりネットでチケットは簡単に購入でき、パスポートも必要なし、改札もなしでオールドデリー駅からコンパートメントへスルー。やっぱり自分の番号には人が平気な顔して鎮座しており、まあいっかとわたしも違う番号へ。

ソジャットは毎年毎年町になります。ヘナや他の薬草のおかげでみんなりっぱな家を新築して、ホテルができ(2つ星級)店ができ
活気が出てきました。

ヘナ自体はあまりねあがってないのですがヘナを刈り取る労働者の給料が上がっています。この10月と2月ころの収穫だけで一年分以上の給料を稼ぎます。

刈り取られたヘナが7日間でこのように成長しますが夏の前2月ころこのヘナも収穫されます。

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無農薬で作られた野菜や、野外のレストランで満月を観てやはり宿泊はサプライヤーのお家が落ち着きますこうでなくては。


この乾燥具合、こんな乾いた土、空気、日差しでないと高級のヘナは育ちません。そして地下水と天から降る雨のコンビネーション、最後の雨を待ちそれでも振らないと最高級とはならないのが不思議です。
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種も丸まる太っています。


デリーのアーユルヴェーダスパが開店して9ヶ月がたちました。
アーユルヴェーダの実践という試みでわたしにとっては生まれて初めての試み、いったいどうな風になるのかケセラセラのわたしでも
年齢を考え合わせるとリスクが大きい一歩でした。
ひとつは日本でセラピストが育たなかったこと、形式主義にとらわれてその囲みの中からどうしても踏み出せないセラピストを
実演して、では同じ立場になればわたしもその痛みや、形に流れるサロンの苦しみを理解できるかも、と感じたのが大きな理由です。
自分というものはなかなか変えることができません。服を着替える、眼鏡を変える、場所を代える、これはお金や時間が有れば簡単にでき、いかに纏うかが必須となります。
アーユルヴェーダは自分を掘り下げてゆくので、まとうものではありません。時間や場所は景色が変わるように自分の周りで変化してゆくだけで中心の自分は(肉体もまとうもののひとつ)歩けていない、そう考えると人間の魂は進化していないのです。
時などない、まやかしといえます。全ては風景と実感したときではどうやって自分をちがう他の人間に、つまりより良い人間にすすめるか、生命の化学とはそうゆうものではないか?と思うのです。
文化は流動的です。アーユルヴェーダは新しい時代の人間によって新しい文化として再び認識されなおさなければただの上っ面のレッテルです。
わたしがこのニューデリーの日本人が多く集まるホテルでいわゆるシローダーラに代表されるアーユルヴェーダをしていたらどうなっていたか?たぶん半年もたなかったでしょう。

人間が集まるとき、集客というツールに2つのオプションがあります。
新しいものや、特異なもの、人気が有るものをコアにする。
その場所に良いエネルギーの次元を作り出す。

わたしの場合は良い磁場作りができたのがひとつの小さな成功です。
どうしても自分で自分の提唱するアーユルヴェーダを実践したかった、そのエネルギーが、わたしの最初のスタッフに伝播し、そしてまた次のスタッフに、小さな火ですが少しずつともってきました。

インドで起業は甘くないです。
誰にも頼らないで自分の力でやってゆくことを思い知らされます。
孤独に強く
ケセラセラ

このインドはゼロを知っている国です。
それはNOTHING,何もないということ。

作り出すエネルギーがない人間は自動消滅かも。

なぜこの国にとどまることになったか、自然な流れかもしれません。

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