キリに特化したアーユルヴェーダ施術、安全な白髪染めヘナなどの正しい知識と効能などを詳しく公開して行きます。
日本でアーユルヴェーダが根付かないのはとても残念、と思いますか?

9月の大阪での上馬場先生の講習会は食とアーユルヴェーダについてでした。20人ほどのこじんまりした集まりでしたが、とても有意義なお話でした。
上馬場先生は日本のアーユルヴェーダを支える地道な努力をされているわたしの尊敬する一人でもあります。
食というテーマを持ってきたことでアーユルヴェーダ=インドという枠組みを越え、そのなかでも家庭の中の母親がまさしくアーユルヴェーダを実践する、すばらしい教師の1人であることを話され、アーユルヴェーダというあまりにも包括的な言葉や技術に目くらましされるのではなく、実際はこの手元の生活に実はあるんですよ、とお話されました。
たぶん11月の六本木であるアーユルヴェーダ総会は上馬場先生が大会長なので、今回の食をもっと
いろんな方向で表現されるに違いないと思います。

先生のおっしゃるようにアーユルヴェーダは日々の生活の中に、(埋もれているかもですよ!)あります。

わたしもアーユルヴェーダはいわゆるインド風であってはならないと感じている1人です。
インドで何を感じるか? アーユルヴェーダで何を受け取るのか?

最近若い方が自分の存在に不安をもたれている人が多いのに驚きます。
自分で感じるより、洗脳してもらい、自分から洗脳することにより寄生しているような。。それはこの世の中に存在している安定感は決して与えられません。寄生はしばしのあくまでも寄りかかりなのです。
インドに行ってアーユルヴェーダスクールにはいれば何かに成れる、なにかできそう、何か違う自分になれた、
シローダーラやネトラバスティのメニューがあるアーユルヴェーダサロンです、
それは大きな誤りです。

だからわたしの講習会に来る人はいろんな講習会やスクールでお金と時間を沢山使った人に参加していただくと、イチバン良いかもです。

インドは人間と神々がひしめき合っています。エネルギュシュに生きてます。

死は新鮮で、病も、身近な出来事です。いろんな匂い、表情は全て他者ではなくワタシにむけられるので、ホテルやアーユルヴェーダの施設に閉じこもらないで、もっと見、聞き、話し、笑い、泣く、怒ること、その中で自分を拾う事ができると思うのですが..
自分を拾って、認めて、愛して、それからがアーユルヴェーダの始まりです。

キリの施術は
皆最初は受けて側に回って、簡単!簡単!と思うのですが、キリの温度差をセンサーのようにチェツクする感覚を体で覚え、決まった時間内にクライアントのポイントに熱を入れ込む、独特の日本的キリは、今まで何人もDROP OUTしています。
体で覚えるまでに化粧はすっかり落ち汗どろどろなのでそれも嫌な理由かも?!です。

キリの熱は愛情によって何倍にもクライアントの心と体を癒します。
その集中力と細やかな感覚と、決まった時間、を(もちろんお鍋の温度管理も)自分の物にしなくてはなりません。

アガスティア、シッダハの聖地であるナガルコイルから届いたハーブパウダーを真っ白のサラシにくるむときの神聖な魂。

神を信じ、神様からの愛情を感じなければキリはできません。

そうわたしにとってのアーユルヴェーダはキリを通して神様からもらった愛を表現できる唯一の存在です。お客様の施術後の幸せそうな笑い顔と、言葉がなによりもの力の源。
キリの大きな可能性はお客様から伝わってきます。

今回から講習会も自分自身を愛してもらうためにヒーリングセッションを加えてみました。
皆で手をつなぎ、同じパワーになるように、



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