キリに特化したアーユルヴェーダ施術、安全な白髪染めヘナなどの正しい知識と効能などを詳しく公開して行きます。
デリーのアーユルヴェーダスパが開店して9ヶ月がたちました。
アーユルヴェーダの実践という試みでわたしにとっては生まれて初めての試み、いったいどうな風になるのかケセラセラのわたしでも
年齢を考え合わせるとリスクが大きい一歩でした。
ひとつは日本でセラピストが育たなかったこと、形式主義にとらわれてその囲みの中からどうしても踏み出せないセラピストを
実演して、では同じ立場になればわたしもその痛みや、形に流れるサロンの苦しみを理解できるかも、と感じたのが大きな理由です。
自分というものはなかなか変えることができません。服を着替える、眼鏡を変える、場所を代える、これはお金や時間が有れば簡単にでき、いかに纏うかが必須となります。
アーユルヴェーダは自分を掘り下げてゆくので、まとうものではありません。時間や場所は景色が変わるように自分の周りで変化してゆくだけで中心の自分は(肉体もまとうもののひとつ)歩けていない、そう考えると人間の魂は進化していないのです。
時などない、まやかしといえます。全ては風景と実感したときではどうやって自分をちがう他の人間に、つまりより良い人間にすすめるか、生命の化学とはそうゆうものではないか?と思うのです。
文化は流動的です。アーユルヴェーダは新しい時代の人間によって新しい文化として再び認識されなおさなければただの上っ面のレッテルです。
わたしがこのニューデリーの日本人が多く集まるホテルでいわゆるシローダーラに代表されるアーユルヴェーダをしていたらどうなっていたか?たぶん半年もたなかったでしょう。

人間が集まるとき、集客というツールに2つのオプションがあります。
新しいものや、特異なもの、人気が有るものをコアにする。
その場所に良いエネルギーの次元を作り出す。

わたしの場合は良い磁場作りができたのがひとつの小さな成功です。
どうしても自分で自分の提唱するアーユルヴェーダを実践したかった、そのエネルギーが、わたしの最初のスタッフに伝播し、そしてまた次のスタッフに、小さな火ですが少しずつともってきました。

インドで起業は甘くないです。
誰にも頼らないで自分の力でやってゆくことを思い知らされます。
孤独に強く
ケセラセラ

このインドはゼロを知っている国です。
それはNOTHING,何もないということ。

作り出すエネルギーがない人間は自動消滅かも。

なぜこの国にとどまることになったか、自然な流れかもしれません。

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